泥舟www
自虐ネタには二つ。 「やっちゃった、あはは、次々(;っ´▽`)っ」 と 「やっちゃった……もうどうしようもない(;っ´Д`)っ」。 前者をA、後者をBとしよう。
名作はAから生まれると思うし、読んでいてアタリが多いのも普通はAだと思う。 Bが素敵に思えるのは、そこに過程と考察が深々とあるとき。 これこそがカタルシスの元であったり「其の嘆きこそ我の糧也」であったりする。 感情の爆発に任せただけのものでは味付けが足りず、食べる気にはならない。
自虐ネタと似ていて異なるものとして 「やっちゃった……どどどどうしましょうだれかたすけて(;っ´Д`)っ」。 これをCとしよう。 これはネタではなく、救援要請であり、 それをされた日には、私は泥舟を嘆き湖に浮かべて助けにいかなくてはならない。
Cだと思って私が泥舟を浮かべて助けにいくと「いえ、Bなんです」と言われて 追い返されることがある。 私の泥舟は嘆き湖を往復する間には溶けてしまう。 動けない相手の代わりに私が相手の舟を漕いで帰るつもりでいるところ、 いいからその泥舟で帰れと言う。 嘆いてんだかこっちを馬鹿にしてんだかさっぱり分からない。
鉄舟を持つレスキューの人々は、 舟を湖に浮かべることすら大変な上、救援要請の引く手あまただ。 「泳いで帰るさもわもわだもの」の泥舟もわも、 泥が自分の小島からなくなって、どうしようもなくなる。 どうしても9と11が出ないんだよ。3つ建ててあるのに。
あるときはBはネタでもなく淡々と綴られるポエムなのだと説得されることもある。 その方へのお勧めは、その言葉のあとに「w」を3つくらいつけるということだ。 「ポエムwww」と。
自分の言葉/行為が人に伝わるということは、 その人との関係になんらかの影響を与えるということなのである。 中立な言葉、影響皆無のポエムwwwなどありはしない。 勝手に解釈するなと言われても、 勝手に勝手に解釈してはいけないことをこちらに差し出さないでくれ、というわけだ。
個人的なことを言わせてもらえば、実際にはBは味わい深く、 ちょうど99%カカオのチョコが流行ったころのあの感触を心に感じる愉しみが確かにある。 だが、どうやったらCと区別したらいいんだろうと考えることもまた多々あり、 なんというかCな人々には申し訳ないなぁと思いつつ、 最近は泥舟の作り方を忘れた。
羊を9匹潰して泥3つにして泥を3つ使って鉄にします。